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ゆるふわ大学生ゴリラの15時

デザインを学んだり、経営を学んだりするゴリラです。京都府北部と京都市内に出没。

10月15日 カフェを開ける

ひょんな事からカフェを自由にする自由を得た僕はいわゆるバリスタゴリラとも言うべきだろうか、ともかく、僕はそんなわけで今日思い立ったので豆を買ってカフェをオープンしたのである。

そしてカフェをオープンして常に言われることは、以前カフェを運営していたドイツ人、マルセイの話である。立ち寄る皆が、マルセイの話をし、マルセイ居なくなって開かなくなって残念だったのよー、なんて言い、まぁ、そういった感じで、マルセイのあれこれを聞かされるわけである。

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店内にはマルセイが残した色々も残っている。と言うか店自体がマルセイマルセイしてるのか?その判別すらつかないが、僕の中でマルセイの存在感は大きくなってくる。

マルセイの頃の常連さんが、ゲリラ的におもむろに開けたカフェにもかかわらず、一気に店に入り席を埋めてくれたのには、マルセイのカリスマ性を感じずには居られなかった。

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マルセイの写真は所々に残っているし、なんならマルセイの名刺も残っている。というかなんなら僕は部屋に残っていたマルセイの服を着たりもしている。マルセイがいた頃の話をみんな楽しそうにするし、ふらっとどこかに出掛けたきり帰ってこないマルセイのことが気になって仕方ないのはここの常連さんの気持ちは無理のないものであろう。

マルセイ…

10月15日 そんなわけだから

 そんなわけで、ここ最近の僕の色々を。

 

 先日は、うちのゲストハウスには韓国からのゲストのキムさんが来てくださって、なかなか話し込みました。

 

 ボスに良いカメラを借り始め、写真をこのころから撮り始めたということがあって、それ以前の、よく話した中国人の若い女性や、スロヴァキアからきたチャリライダー夫婦、そう言った人たちのことがあまり伝えきれないのが残念です。。。

 彼らとは、日本の学生の生活について話しました。僕の拙い英語をフォローしてもらって恥ずかしい限りでした。中国の方で語学が堪能な方って本当に多いですよね。

 

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 キムさんは、韓国で鶏農家をやっておられて、20代の娘さんのことをよく話してくれました。お互い英語が下手くそで、途中はもう漢字を頼りに会話してました。それが以外と伝わるから不思議。というか、初見日本の人にしか見えなくて、カフェに寄ってくれた商店街の人かと思って超普通に話しかけちゃったりして、この、日本と韓国がいかに近しい国なのかを思い知らされました。

 

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 ちなみに僕は、ここのカフェの運営を好きにして良いと言われてて、そんなんわけで、絶賛いまカフェマスター修行中の身でもあります。それに関して仲間を募ったり、まあそんな風に走り回る日々です。

 上の写真は、キムさんとボスの娘さん。良い写真でしょ。カメラも目下勉強中です。

 

 まあ、そんなわけで割とてんこ盛りな毎日を、せっかくだから書き残していけたらと思っております〜!

うほ!

10月15日 いまを生きるゴリラ

 夏が過ぎ、気づけば二カ月も経っていることに驚きます。最近は寒くなってきて、隙間風の多い下宿先は、とても冷え込み、ゴリラには辛い季節です。

 

 さて、夏に書き溜めていた日記をぶちまけてとっ散らかして、これにてやっと僕は僕の日常に追いついたわけです。

 

 相変わらず、デザインしたり経営したりするゴリラであることには変わりないのですが、少し、寒い頃になって、変わったことがあります。それは、下宿を始めたこと。これがなかなかの大変化なのです。

 

僕の下宿先は、かなり特殊で、二階がゲストハウス、一階入り口付近はカフェアンドバー兼工務店の事務所、そして一回奥に僕の部屋ということになっております。

 

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????

 

どんなやねん、って感じですよねわかります。

どんなやねん、って感じなんです。

 

まあそんなわけですから、一つ確かなことは、きっとこれからの日常、書かないにはもったいないくらい面白いことがありそうってことだと思います。こうご期待です。

 

 

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うほ。

 

8月24日 帰路

 トンネルを通るたび、周りの世界が変わっていく。僕の街と、いくつものトンネルを隔てて在るそのまちは、出発といってもいつも通りの表情をしていた。いろんなことがあって、色んな思いを持って、色んなことをした。そんな夏が遠ざかるような、そんなことに思いを馳せながら、思わずポエミーな気持ちのゴリラは、窮屈ながらバスに揺られている。

うほ。

 

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8月23日 明日が夏の終わり

 明日、市内に戻る。 それが寂しいので、僕は今日はやりたいことをしようと思い、午後は掃除をサボって友人とサイクリングした。坂道を自転車で駆け下りる。少し高めの峰に雲が影を落とし、広く開けた空はその手に抱く雄大な雲を余すことなく僕らに見せつけた。夏の終わりの晴空は、日差しの弱まりととも大小の雲が多く生まれ、空は淡い青を映す。いつしかツクツクボウシだけが鳴く。過ごした夏はいつしか僕らの肌から遠ざかり、風に吹かれるようにどこかに飛んで行ってしまったようだ。その残り香につられるように、僕らは自転車を漕いだ。萌える緑のなだらかな丘陵、果てなく広がる田園、遠くに見える平地の街並み、そのそれぞれに雲の影が動く様を眺めていた。自転車は、日差しと日陰を渡り、空はそのたびに顔色を変えた。いつしか見慣れていたこの景色は、別れの今日は穏やかな光を帯びていた。初めてここを駆けた頃を思い出す。強すぎる日差しが正面から僕を照らし、前を走る誰かが振り返りもせず立ち漕ぎを始める。田と田を渡る広めの道は、遮るもののない日差しを精一杯に送っていたが、いまでは涼しい風を山から送ってくれる。下り坂を駆ける。僕は山が一つ一つ、全く表情の違うことに気づく。丘陵の角度、木の種類、その木一つ一つの形。街よりもよほど、山とそれを遮らない田に囲まれた景色はとおり過ぎるほどに見せる色を変えた。その色の暖かさに、頬はいつも綻んでいた。
 

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 かつての拠点だった婦人の家の近くに向かう。何度も走った景色の中にも、やはり季節の移り変わりを感じた。運動公園に自転車を停める。ここで花火を見たことを思い出す。それと全く変わらない景色、だけど変わる景色。きっと来年も再来年も、ここから見る景色は変わらないのだろうが、きっと今日と明日では全然違うのだ。アキアカネが飛び交う空。寝転べるベンチで眩しい空を見上げると、弱い風に押される雲が、名残惜しそうにほんの少しずつだけ姿を変えていく。時間のない僕らは、そんな素敵な午後の昼寝を早めに切り上げて、芝生を駆け出した。飛び交うアキアカネを、友人が麦わら帽子で捕まえようと走る。そううまくはいかない。代わりに捕まえようと、彼女から麦わら帽子を受け取り、僕も走る。帽子としての仕事を終えた麦わら帽子は、僕の手の中でハタハタと揺れるだけだ。まして捕まえれるはずもない。少し離れた友人に麦わら帽子を投げると、全く届かなかった。二人の真ん中に落ちた麦わら帽子。日の落ちてきた8月末の与謝野は涼しい風が吹き始ていた。
 

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 ターザンロープではしゃいでから急いで川へ向かう。川は、入ると、二人以外の音を消した。橋の下から控えめに見える空、強く水面を照らす日差しに、訳もなく心がくすぐられる。輝く水面に冷たい足元は、いつしか遠ざかりつつあった夏の感触を、ありありと思い出させてくれた。

8月22日 古民家カフェ第二弾!オープン!

 

 古民家カフェ運営の実質ボスキャラだった僕は、昨晩結構ダメだしされた。昨日は、祭りに出店して、そのあと祭りを回るという感じの、いわば前と同じような日だった。そんな後のダメ出しは、実際全く余裕がなく、頭がいっぱいいっぱいだったので、辛い時間となった。照明ばっか作って流余裕ある?と言われて・・・。友人に託されたえ仕事だったのでちゃんとやろうと、というかやらんとその友人に怒られるという感じで、それに手一杯だったのは認めるが、心外は心外である。そんな中、夜に照明を作る約束をしていた友人は僕を待って一階の作業場で寝ていてくれた。それを背後に感じながら周りに責められるのはいい気はしなかった。とはいえ、照明がいらないのなら僕は、心外ながらも、待ってくれている友人に布団でちゃんと寝るよう促すより他なかった。

 

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 そうして朝を迎えて、料理の用意にバタバタしているうちに夜が来て、作った照明が天井を思った通りに照らす頃、民族楽器の演奏が始まった。今の今まできりきりと張り詰めてやるべきことをやってきた僕は、賑やかな音楽や喧騒に包まれる古民家を見て、やっと一息ついた。薄明かりに浮かぶ人の笑顔と話し声が僕を包む。暖かい音や優しい空気が確かに質感を持って僕を、この家を包むのがわかった。木造二階建ての広い住宅は、優しく音を吸い、反射する。作った照明の黄色い光も、近くの部屋の白い照明と混ざり合い、暗すぎない程よい空間を作っていた。そしてその光が別の部屋に漏れて溶け合うので、思ったより丁度良い空間を作り出した。部屋、席によって照度が違い雰囲気や出会いが違うものの、そのそれぞれが矛盾なく混ざり合っていた。そんな空間が半ば予想外ながら作れたことが嬉しかったし、心地のよさそうな人の表情に満足してしまった。しばらくそそくさと流木を用いた照明を配置し、松を照らしたりしてばたばたしていた。そこいらが落ち着いて、少し接客に回った。市長さんの隣に座ったりなんなり。地区長さんの隣に座りつつ、伊東さんが来られた辺りからはたかが会計を取っていたのこともあり僕はすっと席に座り込んで話した。古民家のお隣さんも来て、どんどん話は盛り上がった。

 

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 幾度もお世話になった地元の方が結構来てくれて、その見慣れた顔の更にほぐれた笑顔が今でも思い返される。そしてそこでより打ち解けていく周りの表情。僕はこういったことを作れる人になりたいと思った。みんななるたけ長居してくれた。その暖かい雰囲気に目頭が熱くなった。宴もたけなわで、なんならカフェ終了後はフリーでお酒が振舞われた。あまり楽しく幸せで、達成感も半端なくて、僕はかなり羽目を外したようだが、まあ許そう。
 

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8月19日 ツリーハウスを建てて、

 ブログに書いてない日も、きっと色々なことを思い、色々なことがあったのだと思う。一応八月の間は毎日日記を書いていたのだが、とはいえ、日記というものは個人の勝手な感慨を殴り書きつけるいわば暴力的な文章というにもどうだかな、そんな塊であるので、全く参考にならなかったり、すごくプライバシーな話だったりすることが多く、そう言った日を避けて書いている。例えば8月18日は、Mr.ChildrenのCANDYについて書いてたるするので、使いようがない。そしてそういう日は大抵きっと僕は、古民家の掃除をしていたのだろう。ここ数日、古民家の掃除に追われていた。

 そんな毎日にイライラしたので、僕はツリーハウスを建てる手伝いに出向いた。

 

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 炎天下の中、1/1模型として、簡単な骨組みを組んで見る作業だ。僕はそれなりにこき使われたが、夏の日差しをがっつり浴びて、セロトニンやらメラニンやらで、元気一杯になれた。

 

 あとは、来たる古民家カフェ第二弾に向けて、照明器具を作っていた。なかなかにギリギリで、友人に手伝ってもらって夜まで頑張った。その中で、色々友人と語らった。そう言った自身にとってものすごく有意義な瞬間というものほど、プライバシーでパーソナリティなのである。つまり、ブログに書けないようなことこそ、人生の大事な一瞬である。これは困った。まあそんなわけで、夜は更けていく。