ゆるふわ大学生ゴリラの15時

デザインを学んだり、経営を学んだりするゴリラです。京都府北部と京都市内に出没。

8月16日 息抜きが海水浴と花火大会だから、息が抜けない

 今日は昨日のカフェの成功もあって、息抜きをしようと決めていたので、まず朝は10時頃まで誰も起きないということから始まった。予定よりかなり早く起きた僕は、少し縁側で座って音楽を聴いたりして、みんなが起きるのを待っていた。すると、僕よりさらに先に起きてぶらぶらしていた友人が外から戻ってきた。婦人の家に地域の方が来てくださって、鹿の煮物を持ってきてくれて、そのまま少しおしゃべりした。そして僕たちは古民家に行って戸締りをしたりして、みんなが起きたら雑務が終わってるようにして、帰った頃にはお昼時だった。

 

 

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そのあと、古民家で、もらった鹿肉でバーベキューをした。しかし時間がキツキツで、慌ててバーベキューを切り上げていると、雨が降ってきた。それでも諦めず海に向かった。雨の中の走行はあまりに寒く体力が奪われ、死にそうだった。そんな中かなり長いサイクリングをしたのに、意外とみんな元気だった。僕はすでに海に行けないのではとかマイナスな考えしか浮かばなかったが、とりあえず花火もあるので電車にのりこんだ。与謝野を出ると意外と雨は弱くなり、天橋立では少しぱらつく程度だっりた。その中でみんな心持ちそわそわしながら海に向かった。正面からくるブルーシートを持つ観光客たちを見て、海に入れることを確信した。その確信が高まるにつれて、僕はどんどんテンションが高くなり、隣にいる友人に大きな声で話しかけたものだ。

 天橋立の駅を降りてすぐの寺社を抜けて少し入ると、天橋立の砂浜海岸の一部が海水浴場になっているのがわかった。意味不明なほどの胸の高鳴りでもって、僕たちはその海水浴場につき、着替える。入ったは良いが、クソ寒い。登山で経験したと同じ、雨ゆえの寒さだ。僕は体温調節とかが苦手なのだろうか。ゴーグルもないのも相まって、外よりは暖かい海の中にずっと浸かっていた。海はやっぱりそこがなくて力強くて怖い。ブイに向かうだけで精一杯だった。この寒い海水浴に帰りたさが僕のなかで生まれ始め、あまり好きな時間ではなかった。疲れた僕は、砂浜でダムを造り始めた。子供の頃から、周りと離れてダムを作っていたことを思い出し、それに専念した。そうしてるうちにやっとみんな飽きて、お風呂に入って宮津の花火大会に向かうのだが、どう考えてもギリギリで、もう花火大会見れないのかなーとか思いながら、海の疲れととも尋常じゃないほどイライラしていた。あんまりイライラするので、口数もほぼ減った。案の定、遅延で予定の電車には確実に乗れなくなり、駅で僕たちは疲れ切っていた。だれかの提案で、どこかありける距離で見える場所を探すこととなった。萎えきっていた僕は、それすら嫌で、ずっとぶすぶすして一番後ろを歩いていた。

 

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 本当に疲れきって、かなり苛立っていた。それでも橋に着くと、まあまあ綺麗に見えた。そんなまだ機嫌の悪い僕に話しかけてくれる友人が嬉しかった。ここでまた誰かが、砂浜から見るととても綺麗だと提案してくれた。なるほど確かにその通りだと思い、少し機嫌を直した僕は友人を誘って砂浜に行った。夜の海である。その、フレーズだけで最高ではないか。そして小走りで向かうと、その砂浜はライトアップされていてとても綺麗だった。もうそれだけで興奮していたが、そこからの花火も、前よりめちゃくちゃ見えた。なぜかその友人と二人だけで砂浜から花火を眺めることになったのだが、僕らはとんでもない思い出を共有してしまったようだ。普通に花火が綺麗すぎて、僕は興奮しすぎて、むしろ花火に集中できなかった。夜の海に映る花火を見るなんて、なんという贅沢なんだろう。そのあとは、ライトアップされた砂浜を少し二人で歩いた。夜の天橋立は照らし出された砂浜が月面の写真みたいに見えていい雰囲気だった。

 

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8月15日 古民家でカフェオープン

 今日も朝から、というか昨日の晩から古民家掃除、昼はカフェ。僕はなんかそれなりに働きました。古民家は、掃除すればするほど、その建物の特徴とかも分かるようになってきたり、愛着が湧いてきたり。やはり、人が住むために作られた空間は、人が入る方が美しく感じるようです。人の多く往来するのに比例して、古民家の雰囲気も明るくなっていきました。そしてその、少し入り組んだ空間は、普通の公民館のような鉄筋コンクリート造りの拠点である婦人の家の単純な構造と全く別で、いろんな場所でいろんな角度の会話が生まれます。庭の段差にそれぞれが腰かけて、ボール遊びが始まったり。その色々な段差の多さに、いろんな人が腰かけて、いろんな人が集まります。こういった空間で、一体どういったことが起こるのか、非常に楽しみに思います。また、カフェのために、ほとんど空間をまっさらにすると、そうした部屋は非常に綺麗に見えました。なんとも視線の通りが良く、開放的ながらきちんと閉まった空間で、太陽が部屋を照らし、風が空気を撫でます。天井や壁に見える太い木は、それだけで逞しさを感じます。

 

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 カフェは意外と人が集まりました。お祭りもそうでしたが、自分たちが用意した色々に、地域のお客様が来て、それにお金を払って楽しんで頂けるということは、とても喜ばしいことです。僕はその嬉しさに少しニヤニヤしていると、僕の家族が遊びに来ました。遠路はるばる、暇潰しに来られました。彼らは、地元の人と同じく普通に食事をしました。その時一口頂いたチーズケーキがとても美味しかったです。僕はそもそもチーズケーキが好きです。そしてこれは、みんなが普通にフライパンで作ったというのに、そうとは思えない美味しさがありました。いろいろバタバタしたり、狭い準備の部屋にみんなで集まったり、なんだかんだ人通りができると、イキイキとした表情を見せてくれる古民家です。
 

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しぼりたてトマトジュースも、うまかったなあ!

8月14日 掃除とちいさなお祭り

 朝からしばらくずっと、古民家を掃除していた。あまりに埃っぽいそれをなんとかするためにみんなに指示を出したり、ぼくも働いたりして、鼻が完全に埃にやられた。作業が途方もなく続くように思われ、憔悴しきってしまっていた。掃除というものは、後始末であるわけだから、何かを生み出すでもなく。ただ漫然と片付けるべきタスクが目の前に重く踏ん反り返っている様をみるその数時間は、「今夜の祭り?もういいし俺残って掃除しとこうか?」なあんて後ろ向きな言動の出るほどだった。
 

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 夜は地域の小さな夏祭りで、まずXキャンプ主催の夜店を営業するわけだが、これがなかなか楽しかった。僕は後ろ側でトマトソースを用いてピザパンを作り、前にいる売り子の友人が接客をした。Xキャンプの活動で知り合った少年が、覚えててくれて食べに来てくれたり、なんども買いに来てくれる子がいたり。そんなわけで前の友人注文のたび嬉しそうに振り返るたび、僕も嬉しくて柄にもなく微笑み返してしまった。みんなで一生懸命作ったトマトや、ソースや、色々を、お金を払って買ってくれるそんな様子に、思わず目頭が緩む。

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 時間が来て、店番を交代して、そのあとは二人で祭を楽しんだ。友人は、祭で屋台を見るたびにご機嫌な様子を隠さない。はしゃいで小走りでその場所へ駆けて行った。ここまで嬉しそうにされると、なんともこちらも楽しくなるものである。なかなかに幸せな気分で、祭を見れることに、感謝した。いっぱい色んなものを買った。かき氷、たこやき。友人がまた、食べ物もとても美味しそうに食べるので、ぼくも一緒に食べたくなってついいっぱい買ってしまう。
 少しずつ暗くなり、提灯の光が闇に滲み出すころ、よく知らない歌手の愉快なステージを前に席に座り、二人で話した。どんなことを話したのか、覚えてないが、きっと祭りが楽しいことや、食べ物が美味しいこと、それらをぼんやり話したのだろう。
 

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 この後、僕らは一緒に風呂に向かわなければならなかったし、9時から花火が上がるので、急いで自転車で駆けた。いつしか、友人と自転車を漕ぐことに慣れてきたものだ。暗い中、照らされるのは道だけ、聞こえるのは二人の話だけ、田園の暗闇のなか点々と灯る明かりがどんどん遠ざかる。そのまま風呂に向かって、すごい早めに風呂を切り上げる約束をしたが、友人は遅れてきた。そのせいか、花火はもう始まってしまった。なので僕たちは街が見下ろせる丘に登り、そこからだけしか見てない花火を見た。それがあまりに小さく、二人ともメガネをしてなかったので、かなり微妙だったのかもしれない。しかし、そんな見た手に収まるほどのその花火が僕は好きだった。街が見下ろせる丘から、暗い田や草原の先のなんでもない夏の日常に咲いた花火は、その足元にいる人々の笑顔で見上げる様をありありと思い浮かべさせた。この見下ろせる世界に、僕の友人たちがいっぱいいっぱいに身を寄せ合って、上を笑顔で見上げてる。その全部が見れた気がしてとても好きだったし、そんな、景色を二人だけしか見れないというのがなんとも楽しかった。隣の友人といえば、どうなんだろう。楽しそうだったがそれ以上に申し訳なさそうだったのが逆に申し訳なかった。僕はといえばもうそれで花火が終わるころにも上機嫌だったので、友人に馬鹿みたいなことを言いながら自転車を飛ばして祭りへ急いで戻った。
 

8月12日 暑い日

 今目の朝は昨日の星空が嘘のように雲の無い薄く青に白をベタ塗りしたような空で、その気の抜けた色に思わずだらけてしまう。そんなあまりに呑気な朝に、ふと思い出し慌てて日記をつけている。
 前述のとおりニヤニヤしながら目覚めた私は、まず、ひまわり畑にみんなで集合写真を撮りに行った。というのも、先の子供たちとのイベント運営のために来ていたメンバーの多くが今日帰ってしまうし、ひまわりが枯れてしまうし、その前に・・・といったわけだ。一気に人が抜け10人ほどになることに少し不安を感じた。なんせ慣れない集団生活であるし、それがまた多く人が減って、どう言った感じで動くのか予想もつかなかったので不安だった。
 

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 そうして拠点に戻って幾人かが帰る用意を始めていた。大きなイベントが終わった直後ということもあって、昨日より暑くこもった屋内の空気が私たちに少しダラーっとした午後を与えた。みんながそそくさとバスで帰って、その後は、あまりにやることがなかった僕は雑用的な動きをしたり、メンバーと少し話したり。メンバーの人が草木染めに使うひまわりの花びらつみに連いて行って、戻ってきたら今年からの新拠点になる予定の古民家に仮設トイレを持ち込んだ。
 
 

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まあそんな感じで、特にイベントのない日も、やはり夏である。大したことないようなことや、ちょっとプライバシーなこととか、こういった日こそよく考えてたのかもしれない。日が落ちると、いつものように、風呂に入りに自転車でかける。少し高台を通るその道から見える景色に、昨日のイベントに対するちょっとした達成感を思っていたのかもしれない。なんでもないけど、ずっと家族以外の誰かといて、なんでもないような家事のような用事を忙しくこなしていく。書くこともないような、とはいえいつもとは違う、齢18のゴリラの夏は、こんな感じで過ぎていく。ウホ!

8月11日 キッズと戯れるゴリラ

 

 まず、目覚めて横の友人をニヤニヤしながら見ていた。目覚めに、横に友人がいるというのはなんともはにかまずにはいられないような気持ちになるのを、なんとなくわかっていただけるだろうか。ニヤニヤ〜。

 

 午前8時に寝床を出て、僕は公民館へ向かった。公民館で、今日行われるイベントのためにテントを建てる。ついでに、使わない色々なテントにも印をつける。ついでの仕事の方が多くないかこれ。私はその印つけに用いたラッカーで、自分の靴を少し塗って、楽しい色合いにした。

 

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   (わかるかな、色)  

 

 

 やるべきことをこなしているうちに、とんとんと時間は進んだ。昼が近づくと、メンバーみんな公民館に集まってきた。私は、彼らの持ってきたサンドイッチを食べたが、これはトマトと厚切りハムとレタスとマヨネーズとチーズが入ったものが非常においしかった。そうしてイベントは開催に近づく。受付役の僕は受付を開始した。

 

 さて、このイベントと言うのは、与謝野町の子供たちを集めて、楽しく自然について体験型学習をしようといったもので、我らがXキャンプのメンバーが主催するものである。まあ子供がいっぱい来て、川に入って魚を捕ったり、と言った感じなのだけれどまあ、全部書くから大丈夫だ。心配ない。

 

 受付で、子供達と真っ先に出会うと、色んな子供の名前がわかる。少し緊張したキッズの面持ちが少しでも明るくなるように、なるたけ笑顔で接することとした。その急に爆発した笑顔が周りの大きいお友達には意外だったらしく、君子供そんなイケる感じだったんだ、などと驚かれたのだが、まあそれはそういうものなのだ。
 
 

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 そのあと、子供達と川に入り魚を捕った。私は魚を捕ることより、子供達と遊ぶのに手一杯だった。でもやはり、捕まえるという形で魚やスッポンと接するのは初めてで、新鮮な気持ちだった。天気も幸いして、キッズのボルテージがマックスになっていく。思いの外冷たい水が、足を冷やした。ボルテージがマックスなキッズというものは、Like a Hurricane。止まらないのである。服を着ながらにしてもはや川に突っ込むキッズ。彼らに、失うものなどないのである。ああ、18の大学生にもなった私は、いつしか、失いたくないもの、今でいうと「服の渇き」、そんなものに囚われて、無邪気に心から、川、その自然と触れ合うということができなくなっていたのか。悔しい。この自由なキッズの笑顔を見ると、なんとなく悔しいのは、そんなわけだろうか。よし、俺は、子供の心をこれを機に取り戻そう。いく、いくぞ!入ってやるぞ!
 
 着替えが手元にないことと、この間普通に友人と鴨川に飛び込んだことを思い出して、やめた。
 

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公民館に戻って、みんなで着替えながら、私はキッズと全力で戦いごっこをした。思ったより、激しくたくましい子供達が多くて、戦いごっこは一筋縄にいかなかった。どころではない。キッズAとBが私を背後からホールド。そしてCが僕の股間にアタックを仕掛ける。キッズという生き物はわけのわからぬままに、股間の重要性、その急所としての価値を理解しているのだ。この3対1の構図に、僕は股間をなんとか守るだけで手いっぱいだった。
 次に公民館で流し素麺をしたり、スイカを食べたりしていた。そして、川の生物に関しての学習もあった。こんなに動き続けてもキッズというものは眠くならないものなのですな。最後の挨拶でうとうとしていた私からすると、大敬服である。
 

 

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 そんなうちに日も落ちて涼しくなってきた。少年たちの別れ際は非常にあっさり。たしかに、小学校の先生に年度が変わるごとに馴染み惜しい気分をぶつけたことなどない。子供にとって、別れに特に意味は無いのかもしれない。
 
 
 
 
 
 夕食は、残ったふやけた素麺を使ったサムシングだった。まさしくサムシングだった。そして今夜は、流星群の日だった。(本当は明日だった。)すでに何人かは星を見に外へ行っていて、私たちはそれを追うように、見に行った。そこで見た夜空は、眼鏡を忘れた近眼の私でも楽しめるほどで、たとえば天の川が見れたほどだ。眼鏡を借りると、あまりにも鮮明な星の海に、びびった。なんとなく、星座というものの意味も感じた。これだけ、大小さまざまの星を前にしたら、思わず線を引かずにはいられないだろう。夜空の大きさを前に寝そべると、熱い気持ちというより、緩い気持ちが溢れた。そして5人ほどで、流れる星を見ていた。極大の前日ながらはっきりと流れるその星に、願い事より感嘆の声が漏れてしまう。そして寒いので、帰った。
 流星群に当てられてか、そのあとは友人と二人で恋愛の話をした。話せば話すほど、恋愛は難しいと思うばかりである。とりとめもなく、難しいなあといった、そんな話ばかり。そうして気づけば寝ていた。二人はそのまま同じ布団でしっかり間に谷を作って寝たわけだ。寝ているうちに、ふたりで写真を撮られた気がした。これは多分夢だった。
 朝起きる時間になった。私は隣の友人が起きたことに気がついて、頭もまあまあ冴えていたが、それとなく私はゴロゴロし続けた。誰かが起こしてくれるであろうとことに甘えてみたかったのである。叩かれたり、困った顔で見られると、私は思わずにやにや見返す。それが楽しかった。ニヤニヤ〜〜。
 
うほ。

8月10日 与謝野町へと行くゴリラ

 七月から続く咳のせいで、今年の夏は陰鬱な気持ちが続いていたゴリラ。本来なら今日とXキャンプ与謝野という学生団体の一員として8月8日から与謝野町に泊まり来む予定だったのですが、少し後ろ向きな気持ちが募って出発を先延ばしたわけでした。

 

https://www.facebook.com/kyoto.machi1234/

↑京都Xキャンプ与謝野のFacebook

 

 そうして病院に行き、映画を見て、2日ほど過ごしていまして、そんな夏休みに少し心の落ち着きさえ感じ始めてきました。とはいえ、そろそろ行かないと迷惑もかかるので、重い腰を上げ、今日、与謝野へと向かうことにしたのでした。

 

 以下はそんなゴリラの感慨であります。

 

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 八月の空といえ、馬鹿みたいな青さというより、少し控えめの空は、どこかロマンチックゴリラのゴリラハートを落ち着かせるのには丁度良かった。朝は、予定より寝坊したが、それも織り込み済みの計算である。のんきなゴリラである私はこの調子で、ゆっくりのんびり、与謝野への旅を楽しむこととした。駅まで父ゴリラに送ってもらう。私の住む町には、JRと阪急の両方の駅があるが、ことJRの駅は、ゴリラにとっては旅の象徴だ。どこに行くにも、どこから帰るにも、旅の時だけは、JRの駅に来る。通学はいつも阪急電車。そのせいか、駅に着くだけでもう少しゴリラハートは弾み始めた。
 とめどなく詰まる鼻水(詰まってるのにとめどなくとはこれいかに)に、箱ティッシュを持ってこなかったことを後悔したりしているうちに、電車は来た。乗り込んで車窓を見る。夏、そして街を抜けて、緑に包まれる電車。そこで久々にヘッドホンで音楽を聴くと、自然とゴリラハートもより弾む。TOKIOのambitious Japanなんかを聞いて、もうすっかり旅気分でご機嫌になった。
 
  

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  電車は走り、住む町は確かに遠ざかっていった。乗り換えたワンマン電車は、渓流を駆けはじめた。席を埋める中学生達は、みんな浅黒い肌で、それぞれの時間を過ごしていた。大荷物を背負うゴリラである私は、浮いてるのだろうか。渓流を抜けると、また緑に包まれる。こうして長く電車に乗りながら、音楽を聴いて、最近の出来事、これからのこと、そんなことに思いを巡らせるのが好きだ。歌詞のフレーズに反応して、思考は浮かび、また消えて、別のフレーズがほかの思いを引き出す。そしてまた消えて、浮かんで。
 
 途中、予定通りに福知山で3時間待つのもアレなので(田舎の電車の本数は少なく接続が悪い・・・)、人気のない駅で降りてみた。そこから山の麓まで歩いて、少し山に入ってみると、今までの暑さが嘘のように涼しかった。その高揚感に煽られた往路をいくうちに、冷房で冷えきったゴリラの体はすっかり夏に慣れてきた。ここは、与謝野よりは栄えてるように見える。いつの間にか汗まみれになって、駅に戻って、30分程座って電車を待っていた。いつの間にか寝ていた。こんなのどかな駅でのどかにうたた寝をする優雅さに、起きた頃には、悩みの色々をすっかり忘れて、ゴリラはもう、野山に生きるゴリラとなっていたのだった。
 
 

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 足はもう大荷物を背負って歩き回ったせいでパンパン。福知山からバスに乗り、17時にやっと与謝野に着いた。それからは、なんとなく、その場その場でできることをしていた。集団で、与謝野の公共施設に泊まり込んで活動をしている我々なので、家事掃除などで、することはいっぱいあるのである。夜が来て、お風呂に入った。リフレかやの里。ここは毎日お世話になっているいい風呂である。暑すぎないサウナがまたいい具合だ。そこでもなんとなく、友達と話していた。

refre.yosanoumi-fukushikai.or.jp

 

そんな感じで残りの8月10日は、なんとなく、やることをしていたら過ぎていったのでした。ウホ。
 

9月20日 ゴリラ的謝罪

こんにちは、うほ

 

ゴリラというものは、生来時間という概念には縛られずに生きている生き物なのでありまして、で、あるからして、私、大学生ゴリラにしても、やはり時間という概念には慣れないものなのであります。

 

そんなわけで、いつの話だよ、っていう投稿も多くなるかもしれませぬが、ご了承を。

そして、なんかフォトショップが壊れた、、、微妙にイラストに編集かけて載せるつもりだったのに、、、見苦しいところをお見せしてしまう形となり、かたじけない。

 

いやほんと、フォトショップが壊れたんですが、誰かお助けください。

 

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以上、ゴリラでした。