ゆるふわ大学生ゴリラの15時

デザインを学んだり、経営を学んだりするゴリラです。京都府北部と京都市内に出没。

8月11日 キッズと戯れるゴリラ

 

 まず、目覚めて横の友人をニヤニヤしながら見ていた。目覚めに、横に友人がいるというのはなんともはにかまずにはいられないような気持ちになるのを、なんとなくわかっていただけるだろうか。ニヤニヤ〜。

 

 午前8時に寝床を出て、僕は公民館へ向かった。公民館で、今日行われるイベントのためにテントを建てる。ついでに、使わない色々なテントにも印をつける。ついでの仕事の方が多くないかこれ。私はその印つけに用いたラッカーで、自分の靴を少し塗って、楽しい色合いにした。

 

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   (わかるかな、色)  

 

 

 やるべきことをこなしているうちに、とんとんと時間は進んだ。昼が近づくと、メンバーみんな公民館に集まってきた。私は、彼らの持ってきたサンドイッチを食べたが、これはトマトと厚切りハムとレタスとマヨネーズとチーズが入ったものが非常においしかった。そうしてイベントは開催に近づく。受付役の僕は受付を開始した。

 

 さて、このイベントと言うのは、与謝野町の子供たちを集めて、楽しく自然について体験型学習をしようといったもので、我らがXキャンプのメンバーが主催するものである。まあ子供がいっぱい来て、川に入って魚を捕ったり、と言った感じなのだけれどまあ、全部書くから大丈夫だ。心配ない。

 

 受付で、子供達と真っ先に出会うと、色んな子供の名前がわかる。少し緊張したキッズの面持ちが少しでも明るくなるように、なるたけ笑顔で接することとした。その急に爆発した笑顔が周りの大きいお友達には意外だったらしく、君子供そんなイケる感じだったんだ、などと驚かれたのだが、まあそれはそういうものなのだ。
 
 

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 そのあと、子供達と川に入り魚を捕った。私は魚を捕ることより、子供達と遊ぶのに手一杯だった。でもやはり、捕まえるという形で魚やスッポンと接するのは初めてで、新鮮な気持ちだった。天気も幸いして、キッズのボルテージがマックスになっていく。思いの外冷たい水が、足を冷やした。ボルテージがマックスなキッズというものは、Like a Hurricane。止まらないのである。服を着ながらにしてもはや川に突っ込むキッズ。彼らに、失うものなどないのである。ああ、18の大学生にもなった私は、いつしか、失いたくないもの、今でいうと「服の渇き」、そんなものに囚われて、無邪気に心から、川、その自然と触れ合うということができなくなっていたのか。悔しい。この自由なキッズの笑顔を見ると、なんとなく悔しいのは、そんなわけだろうか。よし、俺は、子供の心をこれを機に取り戻そう。いく、いくぞ!入ってやるぞ!
 
 着替えが手元にないことと、この間普通に友人と鴨川に飛び込んだことを思い出して、やめた。
 

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公民館に戻って、みんなで着替えながら、私はキッズと全力で戦いごっこをした。思ったより、激しくたくましい子供達が多くて、戦いごっこは一筋縄にいかなかった。どころではない。キッズAとBが私を背後からホールド。そしてCが僕の股間にアタックを仕掛ける。キッズという生き物はわけのわからぬままに、股間の重要性、その急所としての価値を理解しているのだ。この3対1の構図に、僕は股間をなんとか守るだけで手いっぱいだった。
 次に公民館で流し素麺をしたり、スイカを食べたりしていた。そして、川の生物に関しての学習もあった。こんなに動き続けてもキッズというものは眠くならないものなのですな。最後の挨拶でうとうとしていた私からすると、大敬服である。
 

 

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 そんなうちに日も落ちて涼しくなってきた。少年たちの別れ際は非常にあっさり。たしかに、小学校の先生に年度が変わるごとに馴染み惜しい気分をぶつけたことなどない。子供にとって、別れに特に意味は無いのかもしれない。
 
 
 
 
 
 夕食は、残ったふやけた素麺を使ったサムシングだった。まさしくサムシングだった。そして今夜は、流星群の日だった。(本当は明日だった。)すでに何人かは星を見に外へ行っていて、私たちはそれを追うように、見に行った。そこで見た夜空は、眼鏡を忘れた近眼の私でも楽しめるほどで、たとえば天の川が見れたほどだ。眼鏡を借りると、あまりにも鮮明な星の海に、びびった。なんとなく、星座というものの意味も感じた。これだけ、大小さまざまの星を前にしたら、思わず線を引かずにはいられないだろう。夜空の大きさを前に寝そべると、熱い気持ちというより、緩い気持ちが溢れた。そして5人ほどで、流れる星を見ていた。極大の前日ながらはっきりと流れるその星に、願い事より感嘆の声が漏れてしまう。そして寒いので、帰った。
 流星群に当てられてか、そのあとは友人と二人で恋愛の話をした。話せば話すほど、恋愛は難しいと思うばかりである。とりとめもなく、難しいなあといった、そんな話ばかり。そうして気づけば寝ていた。二人はそのまま同じ布団でしっかり間に谷を作って寝たわけだ。寝ているうちに、ふたりで写真を撮られた気がした。これは多分夢だった。
 朝起きる時間になった。私は隣の友人が起きたことに気がついて、頭もまあまあ冴えていたが、それとなく私はゴロゴロし続けた。誰かが起こしてくれるであろうとことに甘えてみたかったのである。叩かれたり、困った顔で見られると、私は思わずにやにや見返す。それが楽しかった。ニヤニヤ〜〜。
 
うほ。